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上等なもの~夏の常識

【7月18日】引き続きカーテンの洗濯
※昨日の続きで、今日は西面の窓に取りかかる。段取りが把握できているので、昨日よりスムーズ。

※いやな奴だと思われるのを承知で書くと、私はカーテン屋の娘だったのでカーテンだけは上等だ。川島織物のジャカードふくれ織りのドレープカーテン、当然オーダーもの、というのは下代価格(仕入れ値)で手に入ったからだ。ハービス大阪のお高い(珈琲1000円くらいの)カフェに同じものがぶら下がっていた。

※これを選んだのは、ポリエステルでウォッシャブルだったから。家で洗えると洗濯代が助かるという判断だった。もう10年にもなるのだが、色あせ・色ヤケもなく、私のようにお掃除が苦手だと、埃ヤケしていても不思議じゃないのだが、それもない。洗濯しても収縮率が小さく、洗えば元通り。洗濯機がドラム式なので、ネットにも入れず、きちんと畳みもせず、ただぐるぐる丸めて放り込むだけだが、脱水3分の生乾きで吊っておけば、プリーツも復活。

※いいカーテンというのは、数年使って初めて値打ちがわかるのだろう。いい生地と言い換えてもいい。しかも、テキトーな既製カーテンでない限り、カーテンは仕立て替えがきくのだ。色あせ・埃ヤケしてしまうようなダメな生地は無理だが、引っ越しした先の窓のサイズが違っていても、生地にゆとりがあれば新しい家に合わせて仕立て替えられる。以前の家のリビングのカーテンは現在でも、夫の部屋と私の部屋の二カ所に分かれて、もう15年を超えるおつとめだ。

※定価で買ったものでもなく、実は親に支給してもらったものなので、本当は偉そうなことは言えないのだが、やっぱり、高いものには高いなりの理由があるのだ。こういうことって、たとえ家がカーテン屋でなかったとしても、それぞれのおうちの商売とか、勤め先の取扱商品で、各人が体験できることではないかと思うのだが。

※ただし、意味もなく高い値段をつけて、さも価値があるように見せかける業界もあるので、そこで値段だけで判断するのは要注意だが、公定価格というか、明朗会計の商品に関しては、それなりの裏付けがあるものだろう。


※本当のことをいえば、じつはもっと高価なカーテンが欲しかったのだが、輸入品で生地量が足らず、泣く泣くあきらめた。それは1メートルあたり7万円(上代ですが)もするもので、当然クリーニングに出さなくてはいけない、超高級品。今の暮らし向きを思えば、分不相応になるところだったので、縁がなくてよかったのだと今では思える。高いメーカーの、高そうに見えるがウォッシャブル、というところで手を打ったのが分相応だった。

※昨日今日とカーテンを洗って、生地の良し悪しというのをつくづく感じてしまった。長い間使うつもりのものは、やっぱり「よい(高い)店(メーカー)のやや安いもの、あるいは機能性の高いもの」の方が、「安い店(メーカー)の高いもの」よりも値打ちがある。

※古い着物を洗い張りして仕立て直すと、信じられないくらいきれいに甦るのは、おそらく元々は「いいもの」だったからだろうと思う。よく、裄出しすると縫い代に入っていた部分と、表に出ていた部分で色ヤケ(褪色)があることがあるので注意、という話を聞くが、これまでの経験では、ほとんどそれはなかった。例外は、夏の薄物で、仕立て上がった状態で、肩付近が身頃に比べて明らかに褪色しているもの(夏の紫外線の威力か)、保存中に畳んだ状態のまま褪色しているもの(いずれも戦後のもの)があったが、仕立て上がった状態で褪色が見られず、縫い代を出してみたら褪色していた、というのはなかった。考えられることは、私が着ている時代の物の染色の質がいいのか、あまり淡い色のものを選ばないせいか。しかし、淡い色のものでも裄出しして困ったことはない。

※そう考えると、元々高いものを「汚れているから」「小さいから」「もう誰も着ないから」という理由で放出された戦前の古着は、本当は私ごとき者が着られるような普及品じゃなかったのかもしれないし、あるいは普及品ですら、当時の技術は質が高かったのもしれない。となると、いくらかお金や手間がかかっても、値打ちがあるなあと今さらながら感じてしまった。

※思い出して追記
ステテコのこと。

※もはや夏の着物着用者にとっては必需品というか常識になったステテコだが、2~3年前までは「秘め事」の一つであった。長く着ていらっしゃる先達にとっては常識だっただろうが、いわゆる「初めての着つけ」的教科書には出てこない「秘技」だったのだ。

※着物仲間同士でも「ステ」という隠語で呼ばれ、決してフルネームでは呼ばれなかった。やはり枕詞として「おっさんの」が見え隠れしたせいである。オトメはナイーブなのだ。

※これまで紳士用三種「綿クレープ」「綿麻クレープ」「冷感クール加工メッシュというかワッフル編みというか」、婦人用「綿クレープキュロット下」を試したが、婦人用のは(たまたまかもしれないが)クレープのシボが小さいのと、キュロットのシルエットに配慮したためか、肌への密着感があった。

※しかし、紳士用のは適度にゆとりがあって、生地のシボも高く、密着感がない。試しに表地綿、裏地ポリエステルのスカートの下に履いてみた。ステテコ無しだと、膝の裏とか内腿の汗が裏地のポリエステルにくっついて、不快きわまりないのだが、ステテコありだと、汗を吸ってくれて快適だった。

※この体験から、私はある結論に達した。高温多湿の日本で男性がズボンをはいて夏を過ごしてきたのは、ステテコあってのことであった。ステテコ無しにはあり得なかった。ゆえに、紳士用ステテコはかなり研究され、機能向上にたゆまぬ努力が続けられて今日につながっている。それは、研究していた人たち自身も、夏にズボンを履かねばならない男性だったからだと思う。

※婦人用はまあ、そのオマケで作られたようなもので、手抜きというと聞こえは悪いが、あんまり真剣に検討されてきたのではないような気がする。

※というわけで、着物の下には紳士用が最適だ。さらに、履くときはウエストまで引っ張り上げないで、おへそあたりでぶら下げておくのが着用時の常識である。お手洗いの際に、引っ張りおろすのにちょうどいいし、おはしょりと重なってゴロンゴロンするのを避けるためでもある。

※おっさんは、おっさんのためならよく努力するが、女こどもは後回しだった、ということになろう。

タグ:肌着

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