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「おばさん」の定義

【1月7日】反省
きょうの映画:「昭和歌謡大全集」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000YTR7I/qid%3D1105109602/250-1504905-7337011
※村上龍の原作を読んだきり、映画を見に行っていなかったので、今頃DVDで見た。「進化しようとしない奴は、若者だろうがおじさんだろうが子どもだろうが、みんな『おばさん』になるんだよ」という広田金物店のご主人(原田芳雄)の言葉が心に残る。
※我が身を振り返り、背筋が寒くなるのだが、ここのところの体重増加、白髪が目立ってきても放置、新たに学ぶことも少なくなり、これは完全に「おばさん」ではないか。去年より進化したといえば袖付けの止めを不完全に(5割の確率で)できるようになったことくらいか。帯も「袋帯はたいへんだから」と、名古屋帯ばっかり使うのはどうなんだ、向上心のなさの表れではないか。
※村上龍は、向上心のなさを、昭和歌謡という古い歌ばかりを歌うことで象徴させたのかと思うが、どうなんだろう。もしそうだとしたら、ちょっと違うかな、とも思う。
※なんせ、70年代前後の歌謡曲は切磋琢磨、競争の中で勝ち残ったものなのだ。その栄光を打ち破ろうとして(進化しようとして)今の音楽があるのだと思うが、かつての歌謡曲に匹敵するものが生まれたとは思えない。
※もしも村上龍が昭和歌謡を、切磋琢磨という向上心の固まりみたいなものの象徴として使ったのなら、納得できる。
※映画では、「無気力な若者」も「おばさん」も、目標を得たとたん輝き出す。目的が人殺しだったのが悲劇の始まりだが、あの行動力、信念、情熱、あれを持っているときの彼らは決しておばさんではなかった。
※今日も明日のために半衿付けを泣きながら行ったが、もういいかげんジタバタ、見苦しいのはやめよう。さっさと観念して縫おう。・・・となぜか深く反省した私であった。
タグ:映画

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