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模倣と2匹目のドジョウ

【8月3日】
きょうの映画:紅の翼

※京都テレビ・中島貞夫の邦画指定席で珍しく現代劇、しかも裕次郎。先だってDVDで見た「月曜日のユカ」の中平康監督だったので、楽しみにしていた。昭和33(1958)年の作品で、セスナ機パイロットの裕次郎が、クリスマスイブにトラブルに巻き込まれるお話。実は6月7日の日記で、中平康がゴダールの影響を受けているようなことを書いたのだが、それは私の無知を暴露しただけのことだった、ということを、模倣される日本―映画、アニメから料理、ファッションまで 祥伝社新書で知り、一人赤面した。

※同書によると、フランスのシネマテークという映画アーカイブで、中平の「狂った果実(1956年)」が翌年には上映され、その表現手法に影響を受けたゴダールが「勝手にしやがれ(1959年)」を撮り、「ヌーヴェルバーグの一端が始まった」という。「狂った果実」は助監督だった中平康のデビュー作。監督経験のない監督が、俳優としては素人同然の、次の動きが読めない裕次郎をカメラに収めるため、カット割りだとかメラワークだとかにこだわる余裕が無く、その結果、「狂った果実」は映画の文法から離れた、「裕次郎特有の動きを追い、彼の個性そのものを撮ったドキュメンタリー」として成立しており、「既存の形式に囚われている必要がないことを(フランスの映画青年に)自覚させた」という。

※先にゴダールを思い浮かべ、中平康からゴダールへの影響というものを、まったく思いつかなかったというこの事例からも、私はやっぱり日本人ガイジンだったと再認識してしまった。「狂った果実」の手法が、たまたま不慣れなもの同士の組合せで生まれたものだったとしても、そこに俳優の個性、監督のセンスというものがあったからこそ、作品として成立したのだと思う(普通、半分素人同士だったら破綻するよねえ)。日本の作品・制作物に関してはきっと、世界よりいち早くこんな完成度の高いものが生まれていたのか!というような例がいっぱいあるんだろうなあと思う。同書にも多くの例が示されていた。

※ただし同書を読んで要注意、と感じたこともある。それは「世界に模倣されているから、日本はエライ!」みたいなおかしなナショナリズムに結びついたらマズイ、ということ。模倣されている例の中には、日本では忘れられていたものや評価が低かったものも多く、多くはそんなに日の当たらないところに置き去りにされていたのだ。結局のところ、外国人に評価されたからそれはエライ、それを作った日本人がエライ、だから日本はエライ、日本人のワタシもエライ、のじゃなくて、それを作った個人が偉いのであって、さらにそれを模倣し、元ネタ以上にヒット作に仕上げた外国人個人がエライのだ。これはすごい、自分もこんなのを作りたい、と宝を見いだす個人の能力がすごいのであって、黒澤明がエライから日本がエライ、ワタシもエライ、という話になってしまうような危うさを、この本を読んで感じた。

※で、「紅の翼」は「狂った果実」から2年後の作品。裕次郎にとって24本目、中平監督にとっては10本目ということで、ちゃんとカメラワークとかカット割りにも気を配ることのできた、安心して見ていられる作品に仕上がっていた。だからといって、誰が主演でも、誰が監督でも同じというわけではなく、やはり主人公のパイロットの肝の据わった感じは裕次郎ならではだったと思うし、同時間に別々の場所に切り替わるスピーディさは、中平監督ならではのものだったと思う。


※映画のあとの中島貞夫先生のお話は、この映画に関することよりも、セスナ機を使って映画を撮る苦労話がメインで、セスナ機を舞台とする映画を撮ったことがあるが、実際のパイロットは外国人でコミュニケーションが思うようにいかず苦労した、とすっかり我田引水のお話で楽しかった。

※そのまま京都テレビを見ていたら「演歌百選」という番組に移行し。

きょうの新曲:橋幸夫芸能生活45周年記念曲「盆ダンス」

※いやー、「メキシカン・ロック」を思い起こさせる、ノっていいのか悪いのか、ためらわせるようなダンス曲だ。もしかして「マツケンサンバ」の2匹目のドジョウを狙っているのか?参照→マツケンサンバと盆ダンス関連のトラックバックセンター 。なんか中途半端な感じがするんだけど・・・。
タグ:映画
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